ベヒシュタインについて

歴史の荒波の中で引き継がれてきた透明感のある響き
1853年創業以来、リストやドビュッシーなどの多くの音楽家に愛されたベヒシュタインは、第二次世界大戦でドイツが敗戦国となる以前は、ドイツを、そしてヨーロッパを代表するピアノとして世界中で人気を誇り、名器の名をほしいままにしました。
 日本も含め、世界中の王室に納められ、貴族達のサロンコンサートや華麗な宴を彩っ てきました。
 また、100年位前にピアノの製造をスタートさせた日本のメーカーが、そのお手本とし たピアノがベヒシュタインだったことを思い起こせば、当時のベヒシュタインに対する評価がいかに高かったか、ご理解いただけることでしょう。
 しかし、第二次世界大戦後およそ40年間にわたるベヒシュタイン社の歴史は、戦勝国 アメリカ合衆国に本社を置くスタイウェイ社のそれとは、まさに対照的なものでした。
経営権は、アメリカのボールドウィン社に移り、本社あったベルリンは、東西冷戦の 舞台となり、数々の賛辞に彩られたベヒシュタインの歴史は費えたかに思われてきました。
 しかし、1986年世界中のベヒシュタイン愛好者のベヒシュタイン復活への夢に後押し されるように、ドイツ人ピアノマイスター、カール・シュルツ氏が経営権をドイツに買 い戻し、ベヒシュタインの新しい歴史への幕を切って落としました。
 いま、創業者カール ・ ベヒシュタインの掲げた透明感のある音づくりというテーマは 新しい世代にそのまま引き継がれ、世界中でベヒシュタインへの評価が高まってきてお ります。

すべては透明感のある響きのために
カール ・ ベヒシュタインは、フランス流のかなり華やかな発音を得意とするピアノ工房で修行を積みなが ら、ベヒシュタイン社を創業させると、それまでのピアノに飽きたらなさを感じてた音 楽家たちの要求を取り入れ個性的なピアノの製作に取り組みました。
リストは、たぐいまれな作曲家としてまたピアニストとして音楽史に大きな名を記した ことは、ご存知の通りですが、それはまたピアノの楽器としての可能性を極限まで高め たという楽器史上の功績でもあります。彼は、おそらく自らの超絶的な演奏技法を支え るための堅牢さと畳み掛けるような超複雑な和音の応酬の中で、かき消されること無く 美しい旋律を奏でることができる音の透明感をベヒシュタインに求めたのではないでし ょうか。
 そして、ドビュッシーは、自らの内面に湧き出る豊かな感情の趣をを自由に表現するた めの、奥底に無限な彩りを宿す純粋で無垢なパレットとしてベヒシュタインを愛したの ではないでしょうか。
このように、ベヒシュタインの真髄は、音の透明感です。したがって、設計から材料 の選定、そしてピアノ製作の全工程が、すべてその音作りをテーマにしています。たと えば、響鳴板の一部を犠牲にしてまで、振動の乱反射を防ぐために除響板という構造を 取り入れている点は、まさにその典型です。

無限に湧き上がる音のイメージ
 即興でジャズを弾くN氏は、ピアノに向かうとしばらくの間、子供のいたずら弾きのよ うな演奏をしばらく続け、「あ!きました!」というと、なんと不思議なジャズの世界が 広がってゆくのです。後で説明を聞くと、実は、あの最初のピアノとの戯れは、ピアノに 「君は、今日、どんな声で歌いたいんだい?」と訊いているのだそうで、それが分かると 自分自身が「すうっと」ピアノの音の中に入って行けて、あとはいろんな色のイメージの がうかんできて、それが音となって、自然に音楽が生まれ出るのだそうです(彼は、同 じ手法で絵も画いているのですが)。
 2度目か、3度目の来店時に、あるピアノに向かった彼は、しばらく弾き続けた後、「こ のピアノを弾くと、イメージが無限に湧き上がってきます、いいピアノですね」とたいへ ん喜んでいました。ベヒシュタインM型でした。

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